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生活習慣病

生活習慣病とは

生活習慣病とは

高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病は、日々の食事や運動、睡眠などの生活習慣と深く関わっています。初期のうちは自覚症状が少なく、気づかないうちに進行することが多いのが特徴です。放置すると、心臓病や脳卒中、腎臓病などの合併症を引き起こす危険があります。

主な3つの生活習慣病

高血圧

血圧の正常値は、120 / 80 mmHg 以下が正常です。140 / 90 mmHg 以上は、高血圧と呼ばれます。
血圧が高い状態が続くと、血管に負担がかかり動脈硬化を進めます。長年の高血圧によって、心臓に負担がかかったり、腎臓機能が低下することがあるため、定期的に心臓や腎臓のチェックもしてみましょう。塩分の摂りすぎ、ストレス、運動不足などが高血圧を引き起こしやすくなるため、食事の工夫とともに、無理のない運動を習慣づけることが大切です。

脂質異常症(高コレステロール血症)

血液中のLDL-コレステロール(悪玉)や中性脂肪が多い状態が続くと、血管が硬くなり、心臓や脳の病気などの血管障害につながります。また、HDL-コレステロール(善玉)が少なすぎても血管障害が起こりやすくなります。
脂質の多い食事を見直し、食物繊維を多く摂る、バランスのとれた食事を心がけましょう。また有酸素運動など適度な身体活動を続けることで、血液を健やかに保ちましょう。

糖尿病

血糖値が高い状態が長く続くことで、全身の血管や神経・網膜(目)・腎臓など、さまざまな部位に影響を及ぼしてしまいます。
糖質の代謝には「インスリン」というホルモンの働きが重要な役割を持っており、「インスリン」の分泌量が少ない体質の人では「食べすぎていなくても」血糖値が上昇することがあります。 血糖値が高くなっても、なかなか自覚症状が現れにくいため、ご自身の血糖値については定期的に健康診断などで調べることが大切です。
検査結果の「血糖値」と「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」の値を確認しましょう。HbA1c の値が 6.5 %以上 の場合では、糖尿病が強く疑われます。診療所は、即日に血糖値およびHbA1cの血液検査が可能であり、5分ほどで結果が得られますので、お気軽にご相談ください。体に適した食事や運動について、アドバイスを行い、定期的な検査による管理など、診療所でサポートを行います。


食事療法のポイント

焼き鮭の彩り定食(モデルメニュー)
🍽️ 理想のバランスがひと目でわかる!焼き鮭の彩り定食

「食事療法を始めたいけれど、何を食べればいいかわからない…」そんな方は、まずこの食事例を参考にしてみませんか?この献立は、エネルギー・タンパク質・ビタミン・ミネラルがバランスよく整った、当院おすすめのモデルメニューです。

メニュー カロリー/分量 健康づくりのポイント
主食:ごはん 約218 kcal
(130g)
お茶碗に軽く1杯。玄米や雑穀を混ぜると血糖値の上昇がより穏やかになります。
主菜:鮭の塩焼き 約118 kcal
(100g)
良質なタンパク質と骨を強くするビタミンDが豊富です。
副菜:ほうれん草のお浸し 約22 kcal
(70g)
ビタミンと食物繊維の宝庫。電子レンジ調理なら栄養を逃さず時短に。
汁物:具だくさん味噌汁 約44 kcal
(160mL)
野菜や海藻をたっぷり入れることで、塩分を抑えつつ満腹感アップ。
飲料:牛乳 約98 kcal
(180mL)
1日に必要なカルシウムの約35%をコップ1杯で補えます。

「食事療法=我慢」というネガティブなイメージを払拭し、彩り豊かで満足感のある献立を一緒に考えましょう。

💡 食事療法を「おいしく」継続させる4つのコツ

生活習慣病の治療において、食事は最も大切な「お薬」の一つです。無理な制限ではなく、少しの工夫で満足度はぐっと上がります。

1
「だし・薬味」を味方につけて減塩

お浸しには醤油をドバッとかける代わりに、カツオ節や柚子を添えてみてください。お味噌汁には生姜や七味唐辛子を。香りが引き立つことで、少ない塩分でも驚くほどおいしく感じられます。

2
野菜は「短時間調理」で栄養をキープ

ほうれん草などの葉物野菜は、茹ですぎるとビタミンが逃げてしまいます。沸騰したお湯で30秒〜1分、または電子レンジを活用して、シャキシャキした食感を楽しみましょう。野菜を洗って切る工程が面倒なときは、「冷凍のカットほうれん草」でも栄養価はほとんど変わりません。レンジで解凍して、かつお節をかけるだけで立派な副菜になります。

3
「具を食べる」汁物で食べ過ぎ防止

お味噌汁は「汁」ではなく「具」がメイン。豆腐、ネギ、えのきなどをたっぷり入れることで、自然と汁(塩分)の量を減らし、お腹も心も満たされます。

4
「全部手作り」を目指さない

最初は「ごはんを炊くだけ」「お味噌汁に野菜を足すだけ」といった一歩からで十分です。市販の惣菜を利用する場合でも、「塩分が少ないものを選ぶ」「サラダ(ドレッシング控えめ)を1品追加する」といった選択そのものが、立派な食事療法です。

🦴 65歳を過ぎたら意識したい「フレイル予防」と食事のバランス
a
「主菜(タンパク質)」は減らさないのが鉄則

図にある鮭(約100g)は、1食に必要なタンパク質の量です。ごはんと汁だけ、麺だけ、と控えるのではなく、必要な栄養をしっかり摂ることが、歩く力や生活の質を守ることにつながります。

b
「タンパク質+ビタミンD」で骨と筋肉を強く

主菜の鮭には、タンパク質だけでなくカルシウムの吸収を助けるビタミンDも豊富です。副菜のほうれん草や、飲料の牛乳と組み合わせることで、骨粗鬆症の予防にも役立つ最強の組み合わせになります。

c
「噛む力」に合わせた工夫を

もし鮭の身が硬く感じられる場合は、蒸し焼きにしたり、お味噌汁の具として煮込んだりするとしっとりと食べやすくなります。牛乳がお腹に響く方は、温めてホットミルクにするのもおすすめです。

👨‍⚕️ 先生からのアドバイス

生活習慣病の治療において、以前は「制限」が主役でした。しかし現在は、特にご高齢の方には「しっかり食べて動くこと」を推奨しています。「自分にとっての適量がわからない」という方は、ぜひ診察時にご相談ください。お一人おひとりの活動量に合わせたバランスを一緒に考えましょう。

運動療法のすすめ

🏃 体を動かすことが、あなたの治療になります

運動は、血糖・血圧・体重の改善に薬と同じくらいの効果があることがわかっています。また、筋力を保つことで、痛みの軽減や転倒予防にもつながります。まず1日10分から。続けることが何より大切です。

🪑 椅子に座ってできる体操

道具は不要です。テレビを見ながら、食後のひとときに、無理のない範囲でどうぞ。

01 — 下肢
足踏み運動
椅子に座ったまま、足を交互にゆっくり上げ下げします。
左右各10回 血流改善
02 — 下肢
膝の伸展
片足ずつ、膝をゆっくり伸ばして2〜3秒キープし、ゆっくり戻します。
左右各10回 大腿四頭筋強化
03 — 下肢
かかと・つま先上げ
かかとを上げ下げ、次につま先を上げ下げします。ふくらはぎと前脛骨筋を動かします。
各10回 むくみ改善
04 — 体幹・上肢
肩回し
両肩をゆっくり大きく前回し・後ろ回しします。首のこわばりにも有効です。
前後各10回 肩こり改善
05 — 体幹
体幹のひねり
両手を胸の前で組み、上体をゆっくり左右にひねります。腰は動かさないように。
左右各5回 姿勢改善
06 — 上肢
腕の挙上
両腕をゆっくり頭上まで上げ、ゆっくり下ろします。背筋を伸ばして行いましょう。
10回 骨粗しょう症予防
07 — 呼吸
腹式呼吸
鼻からゆっくり息を吸ってお腹を膨らませ、口からゆっくり吐いてお腹をへこませます。
5〜10回 自律神経・血圧
⚠️ はじめる前にご確認ください
  • 痛みや体調不良のときは無理をせず、休みましょう
  • めまい・胸痛・息切れを感じたらすぐに中止してください
  • どの体操が自分に合うか、迷ったらスタッフにご相談ください
👨‍⚕️ 先生からのアドバイス

運動療法についてのご相談はお気軽にどうぞ。外来受診の際に、医師・看護師・スタッフにお声がけください。お一人おひとりの体力や状態に合わせた運動の取り組み方を、一緒に考えましょう。

動画で学ぶ 糖尿病の治療

健康診断で血糖値が高いと言われたけれど、具体的に何をすれば良いのかわからない——そんな方のために、実際の患者さんのギモンをもとに先生に聞いてみた3本のYouTube動画をご紹介します。食事・運動・薬剤それぞれのテーマについて、アニメーションとナレーションでわかりやすく解説しています。(2022年に長岡市福祉保健部健康課 多世代健康づくり推進室との共同で動画コンテンツを制作しました)

食事Q&A サムネイル
第1回

🍽️《先生に聞いてみよう》糖尿病の「食事」Q&A / 長岡市健康課

📋 解説内容:栄養バランスの良い食事って何?
  • Q1) ダイエットのために朝食を抜いても大丈夫?
  • Q2) 主食を抜いたほうが血糖値は良い?
  • Q3) ごはん(白米)とお菓子は交換できる?
  • Q4) 果物は体に良いからたくさん食べていい?
  • Q5) 糖質を含まないお酒は飲んでも大丈夫?
運動Q&A サムネイル
第2回

🚶《先生に聞いてみよう》糖尿病の「運動」Q&A / 長岡市健康課

📋 解説内容:医師のすすめる糖尿病に良い運動
  • Q1) 運動って、つまり何をしたらいいの?
  • Q2) 運動するのに適した時間は、いつ?
  • Q3) 運動で、気をつけることはありますか?
  • Q4) 運動が苦手で続かない、どうしたらいい?
  • Q5) 運動していますが、体重が減りません?
薬剤Q&A サムネイル
第3回

💊《先生に聞いてみよう》糖尿病の「薬剤」Q&A / 長岡市健康課

📋 解説内容:糖尿病で血糖値が上がってしまう原因
  • Q1) 私の体の「インスリン」は大丈夫なの?
  • Q2) 服薬を一度始めたら止められないって本当?
  • Q3) 薬を飲み忘れた時には、どうしたらいい?
  • Q4) 薬を飲むと、低血糖が心配です。
  • Q5) 薬を飲んでるけど血糖値が下がりません!

読み物:白いご飯と、先生と、私の血糖値

糖尿病と診断されたひとりの男性と、担当医のやりとりを綴った5章からなる読み物です。患者さんの不安や戸惑い、医療者の思いを通じて、糖尿病との向き合い方を考えます。それぞれの章は「続きを読む」で全文をご覧いただけます。

👴
小国 のぼる(63歳)
定年後ひとり暮らし。外食・コンビニ中心で料理は苦手。健診でHbA1c 8.2%と指摘され、初めて内科を受診する。
👨‍⚕️
安西先生
誠実で穏やかな内科医。要点を簡潔に伝えるが、言葉が少ないために患者に伝わりきらないことも。
👩‍⚕️
看護師 中村さん
外来担当の看護師。患者と医師の橋渡し役として、受診が途切れた患者へのフォローも担う。
第一章
「糖尿病です」

小国のぼるが健診の結果を手に、初めて内科の外来を訪れたのは、定年退職から半年が経った春のことだった。

六十三歳。長年の会社員生活に区切りをつけ、ようやく自分の時間ができたと思っていた矢先だった。妻に先立たれてから三年、息子夫婦は遠くに住んでいて、毎日の食事はもっぱらコンビニか近所の定食屋で済ませていた。

待合室のプラスチックの椅子に座りながら、のぼるは手の中の紙を何度も見た。「HbA1c 8.2% 要精密検査」という文字だけが、やけにくっきりと見えた。

糖尿病、という言葉は知っていた。インスリンとか、合併症とか、足を切断するとか、そういう話もどこかで聞いたことがあった。でも、まさか自分が、とは思っていなかった。これまで大きな病気もせず、健診で引っかかったことも一度や二度ではなかったが、毎回「要注意」で終わっていたから、今年もそんなものだろうと高をくくっていたのだ。

・ ・ ・

診察室に呼ばれ、安西先生という四十代とおぼしき医師と向き合った。白衣の胸ポケットにペンが二本刺さっていて、表情は穏やかだが、どこか要点だけを話す人、という印象を受けた。

「血糖値の数値を見ると、糖尿病と診断できる状態です。今すぐ入院が必要というわけではありませんが、きちんと管理していきましょう」

先生はそう言って、いくつかの検査のオーダーを出し、次の受診の予約を入れ、最後にこう付け加えた。

「食事に気をつけてください。特に炭水化物の摂りすぎに注意して」

説明は十分だったと思う。丁寧だったと思う。でも、病院を出て駐車場の車の中に座ったとき、のぼるの頭に残っていたのは、「食事に気をつけてください」という一言だけだった。

炭水化物とは何か。どのくらいが「摂りすぎ」なのか。何を食べてはいけないのか。そういう肝心なことは、なぜか何ひとつ頭に入っていなかった。頭が真っ白になっていたのかもしれない。あるいは、最初から聞く準備ができていなかったのかもしれない。

のぼるはしばらくハンドルを握ったまま、エンジンもかけずに座っていた。

💬 先生の思っていたこと
「今ならまだ、間に合う数字だ」
HbA1c 8.2%。確かに高い。でも、合併症はまだない。腎臓の数値も問題ない。今からきちんと管理を始めれば、十分に改善できる数字だ。

「焦らず、一緒に取り組んでいきましょう」という気持ちで話したつもりだった。決して責めているわけではない。糖尿病は、本人の努力だけではどうにもならないこともある病気だと、医師になってから何度も思い知ってきた。

ただ、あの表情を思い返すと、ちゃんと伝わったかどうか、少し心配だ。

「食事を気をつけて」という言葉は、のぼるには「食べてはいけないものがある」という意味に聞こえた。先生は責めていたのではなかった。心配していたのだ。でも、その日ののぼるには、そこまで考える余裕がなかった。

第二章へつづく →
第二章
「何を食べればいいのか」

家に帰ったのぼるは、まずインターネットで「糖尿病 食事」と検索した。するとたちまち、山のような情報が画面を埋め尽くした。

「糖質制限」「低GI食品」「カロリー計算」「食べてはいけないもの一覧」——どれも正しそうに見えたが、読めば読むほど混乱した。あるサイトには「白米は厳禁」と書いてあり、別のサイトには「適量なら大丈夫」と書いてある。いったい何を信じればいいのか、さっぱりわからなかった。

結局のぼるが出した結論は、シンプルだった。——とにかく、ご飯は食べてはいけないんだろう。

翌朝から、のぼるは白いご飯をやめた。コンビニで買う弁当も、おにぎりも、うどんも、パンも、できるだけ避けるようにした。代わりに何を食べればいいかはよくわからなかったので、サラダと豆腐と卵だけで食事を済ませる日が続いた。

・ ・ ・

一週間が経った。体重は少し減った気がした。それは良かった。でも、食事が楽しくなかった。

近所のスーパーで惣菜を選ぶとき、いつもコロッケが目に入った。揚げたてで、ソースの匂いがした。以前なら何も考えずに手に取っていたものが、今は「これは食べていいのか」という問いとセットになってしまった。コンビニで缶コーヒーを買うときも、定食屋でメニューを開くときも、孫が遊びに来てお菓子を出すときも——何かを口に入れるたびに、小さな後ろめたさが生まれるようになっていた。

こんな生活を、あと何十年続けるのだろう。

のぼるは六十三歳だった。好きなものを食べることが、残り少ない人生の楽しみのひとつだと思っていた。それが丸ごと奪われたような気がして、何だか急に、老いを感じた。

・ ・ ・

二回目の受診日がやってきた。検査の結果を見た安西先生は、「少し改善していますね」と言ってくれた。それは素直に嬉しかった。でも、次の一言が引っかかった。

「ただ、栄養バランスが少し偏っているようです。タンパク質や脂質も必要ですから、食事全体のバランスを意識してください」

のぼるは黙ってうなずいた。「バランス」とは何か、聞けなかった。聞いたところで、また難しい話が出てくるだけだと思ったし、先生を困らせたくなかった。

ご飯をやめたら怒られて、食べると血糖値が上がる。いったい、何を食べればいいんだ。
💬 先生の思っていたこと
「『ゼロにしろ』とは言っていない」
炭水化物を「減らす」のと「なくす」のは、まったく違う。血糖値は、食事のたびに上がる。それは避けられない。大切なのは、その上がり方をなだらかにすることだ。茶碗に軽く一杯。それくらいで十分、変わってくる。

「炭水化物を減らしてください」と言ったつもりが、「食べてはいけない」と受け取られてしまうことが多い。もっとはっきり伝えるべきだったか、と思いながら、次の患者さんを呼んだ。
📖 糖尿病の食事療法について
糖尿病の食事療法は「禁止」ではなく「調整」です。大切なのは炭水化物を「ゼロにすること」ではなく、毎食「一定の量を守ること」です。また、炭水化物だけを極端に減らすと、筋肉や体力の低下につながることがあります。タンパク質・脂質・ビタミンなど、必要な栄養はしっかり摂ることが、長く元気に過ごすための食事療法の基本です。
← 第一章第三章へつづく →
第三章
「受診をやめようと思った」

孫の誕生日は、十一月の終わりだった。息子夫婦が車で連れてきた五歳の颯太が、玄関で「じいじ!」と叫んで飛びついてきた。のぼるは思わず笑った。久しぶりに、声を出して笑った気がした。

夕食は息子の妻が作ってきてくれたおかずが並び、テーブルが久しぶりに賑やかになった。颯太がケーキのろうそくを吹き消し、みんなで拍手した。切り分けられたショートケーキが、のぼるの前にも置かれた。

一瞬、迷った。——食べていいのだろうか。

颯太が「じいじも食べて」と言って、スプーンを渡してきた。のぼるは、食べた。甘くて、柔らかくて、おいしかった。その夜、はじめて、糖尿病になる前と同じ気持ちで食事ができた気がした。

・ ・ ・

翌週の受診日、採血の結果を見た安西先生の表情が、少し曇った。

「前回より数値が上がっていますね。食事、どうでしたか」

のぼるは、ケーキのことを言おうとして、やめた。言えなかった。颯太と一緒に食べたあの時間を、「失敗」として報告することに、どうしても抵抗があった。

「……いえ、特に変わったことは」

先生はカルテに何かを書き、「では、引き続き食事に気をつけて」と言った。それだけだった。怒ってはいなかった。でも、のぼるの胸の中には、じわじわと重いものが溜まっていった。

嘘をついた。先生に、隠しごとをした。こんな思いをしてまで、通い続けなければならないのだろうか。
・ ・ ・

次の予約日の朝、のぼるは布団の中で天井を見つめていた。起き上がれない、というわけではなかった。ただ、行く気が起きなかった。

治療をやめたら、楽になれるんじゃないか。怒られない。気にしなくていい。好きなものが食べられる。——少しだけ、そう思った。

もちろん、合併症のことは頭にあった。目が悪くなるとか、腎臓が悪くなるとか、そういう話も、どこかで聞いた。でも、それはずっと先の話のような気がした。今この瞬間の、この重さのほうが、ずっとリアルだった。

のぼるは結局、その日の予約をキャンセルしなかった。ただ、行かなかった。電話もしなかった。そのまま、一週間が過ぎた。

💬 先生の思っていたこと
「来てくれるだけで、一緒に考えられるのに」
小国さんが来なくなった。怒っているわけじゃない。数値が上がっていたのは確かだが、それだけで責める気持ちはまったくなかった。食事を完璧にコントロールできる人など、そうはいない。

来てくれさえすれば、一緒に考えられる。薬を変えることもできるし、食事の相談もできる。受診を続けることが、治療の一部なのだ。来られない理由が何かあるなら、それも含めて話してほしい。

中村さん(担当看護師)に、様子を確認してもらうよう頼んだ。
📖 受診を続けることについて
「数値が悪いから行きにくい」と感じて受診から遠ざかってしまう方は、少なくありません。でも、医療者は数値で患者さんを責めているわけではありません。血糖値が上がったとき、その原因を一緒に考えることが、外来診療の大切な役割のひとつです。完璧にできなくても、受診を続けることそのものが、治療の一部です。
← 第二章第四章へつづく →
第四章
「また来てよかった」

電話がかかってきたのは、受診をやめてから十日ほど経った午後のことだった。

「小国さん、外来担当の看護師の中村です。先日の予約にいらっしゃらなかったので、ご連絡しました。お体の具合は大丈夫ですか」

怒っている様子はなかった。ただ、心配しているように聞こえた。のぼるは少し驚いた。まさか連絡が来るとは思っていなかったのだ。

「……ええ、体は別に。ちょっと、気が重くて」
「そうでしたか。よかったら、また来ていただけますか。先生も心配されていましたよ」
心配、されていた。迷惑をかけている、と思っていたのに。
・ ・ ・

重い足取りで再び外来を訪れたのは、それから三日後だった。診察室に入ると、安西先生は特に表情を変えることなく、「久しぶりですね」と言った。責める口調ではなかった。そこにまず、ほっとした。

先生はカルテを開いたが、すぐには話し始めなかった。少し間を置いてから、いつもと違うことを聞いた。

「小国さん、今、治療の中で一番つらいことは何ですか」

のぼるは、その質問を予想していなかった。数値のことを言われると思っていた。食事のことを聞かれると思っていた。でも、先生が聞いたのは「つらいこと」だった。

「……孫と、同じものが食べられないのが。誕生日にケーキを食べたんですが、それで数値が上がって。あのとき、先生に正直に言えなかったことも、ずっと引っかかっていて」
「そうでしたか。それは、食べてよかったんですよ」
「孫さんの誕生日にケーキを一緒に食べること、それを我慢しろとは、私は一度も言っていません。そういう日は、夕飯のご飯を少し減らせばいい。それだけで、ずいぶん違います」
——食べていい。

拍子抜けするような気持ちだった。ずっと「食べてはいけないもの」だと思っていたものが、「量を調整すればいいもの」に変わった瞬間だった。

・ ・ ・

その日の外来は、いつもより少し長かった。先生は、これまで話さなかったことをいくつか話してくれた。炭水化物は毎食ある程度そろえたほうが血糖値の波が安定すること。食事だけでなく、体を動かすことでも血糖値が下がること。筋肉がブドウ糖を取り込む働きをするので、散歩のような軽い運動でも効果があること。薬を飲んでいる場合は、食事の量と薬の効き目が釣り合うように、規則正しく飲むことが大切なこと。

「颯太くん、でしたっけ。来年も一緒にケーキ、食べてあげてください」

先生が、少し笑いながら言った。のぼるも、笑った。

💬 先生の思っていたこと
「聞き方が、足りなかった」
小国さんがまた来てくれた。ケーキのことを言えなかった、というのは、こちらの問い方の問題でもあった。「食事はどうでしたか」という聞き方では、正直に話しにくい。「一番困っていることは何ですか」と最初から聞けばよかった。

食事療法は「禁止リスト」ではない。何かを我慢させることが目的ではなく、血糖値の波をなだらかにしながら、その人の生活を続けられるようにすることが目的だ。その考え方を、もっと早く、言葉にして伝えるべきだった。
← 第三章第五章へつづく →
第五章(最終章)
「血糖値が下がった日」

あれから三ヶ月が経った。

のぼるの食事は、劇的には変わっていなかった。相変わらずコンビニを使うし、定食屋にも行く。ただ、ひとつだけ変えたことがあった。茶碗のご飯を、少し軽めによそうようにした。それだけだった。

完璧ではない。それでも、以前のように「何かを食べるたびに後ろめたい」という気持ちは、だいぶ薄れていた。

外食のときは、ご飯を半分残すこともある。颯太が遊びに来た日は、一緒におやつを食べる。そのかわり、その日の夕食は控えめにする。薬は、食後に飲み忘れないよう、テーブルの上に出しておくようにした。散歩は、毎日とはいかないが、晴れた日に近所を二十分ほど歩くようになった。

・ ・ ・

三ヶ月後の受診日、採血の結果が出た。安西先生がカルテを開いて言った。

「HbA1c、7.2%になりました。最初の8.2%からずいぶん改善しています」

その言葉を聞いた瞬間、のぼるは不思議な気持ちになった。嬉しかった。でも、それだけではなかった。何か、もっと別のものがこみ上げてきた。

頑張ったから、ではない気がした。誰かに、ちゃんと見ていてもらえていた、という感じがした。

涙が出そうになったが、さすがに診察室で泣くのは恥ずかしかったので、黙ってうなずいた。

「目標は7.0%未満ですから、もう少しです。でも、この三ヶ月の積み重ねは本物ですよ。同じことを続けていきましょう。何か困ったことがあれば、また話してください」

先生はそう言って、次の予約票を渡した。いつもと同じ、短い診察だった。でも今日は、何かが違った。ゴールはまだ先にある。それでも、確かに前に進んでいた。

・ ・ ・

病院の帰り道、のぼるは来た道をそのまま歩いて帰ることにした。バスを使えば十分のところを、三十分かけて歩いた。特に理由はなかった。ただ、歩きたい気分だった。

街路樹が、うっすらと芽吹き始めていた。春になっていた。糖尿病と診断されたあの春から、ちょうど一年が経っていた。

のぼるは、来年の颯太の誕生日のことを考えた。今年も一緒にケーキを食べよう、と思った。その日の夕飯のご飯は、少し軽めにすればいい。それだけのことだ、と今はわかっていた。

💬 先生の思っていたこと
「ゴールはまだ先だ。でも、一緒に行ける」
HbA1c 7.2%。よかった。8.2%から1.0%下がった。これは小さな数字ではない。合併症のリスクが、確実に減った。

でも、目標は7.0%未満だ。まだゴールではない。次の三ヶ月、さらにもう少し。焦らず、着実に。そのために、また来てほしい。

糖尿病の治療は、医者だけではできない。患者さんが毎日の生活の中で、少しずつ選択を重ねていく。その積み重ねが、数字に出る。私にできるのは、その選択を一緒に考えることと、正直に話してもらえる場所でいることだけだ。

来年も、再来年も、颯太くんと一緒にケーキを食べてほしい。7.0%を切った日に、また一緒に喜ぼう。
のぼるは今日も、茶碗にご飯を軽くよそう。
以前より少ない。でも、ある。
白いご飯は、まだそこにある。
そして、次の春も、また来ようと思っている。
📖 この物語を読んでくださった方へ
糖尿病の治療は、完璧を目指すものではありません。毎食の炭水化物をある程度そろえること、体を動かす習慣を持つこと、薬を規則正しく服用すること、そして定期的に受診を続けること。この積み重ねが、合併症を予防し、元気に暮らし続けるための土台になります。

「うまくできない日があった」「正直に言えなかった」——そう感じたとき、どうか受診をやめないでください。医療者は、責めるために待っているのではありません。一緒に、次の一歩を考えるために、待っています。
← 第四章

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小国診療所の取り組み

小国診療所では、医師と理学療法士が連携し、患者さん一人ひとりの身体の状態に合わせて、日常生活でできる運動や姿勢の工夫をアドバイスしています。いつまでも元気で動くことができるように、体が弱って動けなくなることを防ぐために、無理な食事制限は行わず、必要な栄養をきちんと食べることを勧め、必要に応じてリハビリテーションを推進しています。

食事・運動療法を行っていても、十分に血圧・血糖値などが改善しない場合では、薬による治療が必要です。
小国診療所では、内服薬のほか、インスリン注射の治療や、最新のGLP-1注射での治療も可能です。これまで、うまく治療が進まずに苦労された方や、治療が途切れてしまった方も、お気軽にご相談ください。

※ 腰痛・膝痛・肩の痛み等の運動器の症状がある場合には、医師の診断のもと保険診療としてのリハビリテーションを行うことが可能です。

交通アクセス

越後交通バスをご利用の場合

  長岡駅前=親沢=塚山=小国線

  小国車庫バス停下車徒歩5分

小国地域生活交通をご利用の場合

  小国診療所前バス停下車

自家用車の場合

  JR小千谷駅から車で約20分

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