読み物について
小国診療所では、患者さんと医療者がともに歩む診療を大切にしています。このページでは、糖尿病と向き合うひとりの患者さんと、担当医・看護師のやりとりを、ストーリー形式で綴っています。登場人物はすべて架空ですが、診療の現場で実際に感じることや伝えたいことを込めています。
糖尿病と診断されたひとりの男性と、担当医のやりとりを綴った5章からなる読み物です。患者さんの不安や戸惑い、医療者の思いを通じて、糖尿病との向き合い方を考えます。それぞれの章は「続きを読む」で全文をご覧いただけます。
小国のぼるが健診の結果を手に、初めて内科の外来を訪れたのは、定年退職から半年が経った春のことだった。
六十三歳。長年の会社員生活に区切りをつけ、ようやく自分の時間ができたと思っていた矢先だった。妻に先立たれてから三年、息子夫婦は遠くに住んでいて、毎日の食事はもっぱらコンビニか近所の定食屋で済ませていた。
待合室のプラスチックの椅子に座りながら、のぼるは手の中の紙を何度も見た。「HbA1c 8.2% 要精密検査」という文字だけが、やけにくっきりと見えた。
糖尿病、という言葉は知っていた。インスリンとか、合併症とか、足を切断するとか、そういう話もどこかで聞いたことがあった。でも、まさか自分が、とは思っていなかった。これまで大きな病気もせず、健診で引っかかったことも一度や二度ではなかったが、毎回「要注意」で終わっていたから、今年もそんなものだろうと高をくくっていたのだ。
診察室に呼ばれ、安西先生という四十代とおぼしき医師と向き合った。白衣の胸ポケットにペンが二本刺さっていて、表情は穏やかだが、どこか要点だけを話す人、という印象を受けた。
先生はそう言って、いくつかの検査のオーダーを出し、次の受診の予約を入れ、最後にこう付け加えた。
説明は十分だったと思う。丁寧だったと思う。でも、病院を出て駐車場の車の中に座ったとき、のぼるの頭に残っていたのは、「食事に気をつけてください」という一言だけだった。
炭水化物とは何か。どのくらいが「摂りすぎ」なのか。何を食べてはいけないのか。そういう肝心なことは、なぜか何ひとつ頭に入っていなかった。頭が真っ白になっていたのかもしれない。あるいは、最初から聞く準備ができていなかったのかもしれない。
のぼるはしばらくハンドルを握ったまま、エンジンもかけずに座っていた。
「焦らず、一緒に取り組んでいきましょう」という気持ちで話したつもりだった。決して責めているわけではない。糖尿病は、本人の努力だけではどうにもならないこともある病気だと、医師になってから何度も思い知ってきた。
ただ、あの表情を思い返すと、ちゃんと伝わったかどうか、少し心配だ。
「食事を気をつけて」という言葉は、のぼるには「食べてはいけないものがある」という意味に聞こえた。先生は責めていたのではなかった。心配していたのだ。でも、その日ののぼるには、そこまで考える余裕がなかった。
家に帰ったのぼるは、まずインターネットで「糖尿病 食事」と検索した。するとたちまち、山のような情報が画面を埋め尽くした。
「糖質制限」「低GI食品」「カロリー計算」「食べてはいけないもの一覧」——どれも正しそうに見えたが、読めば読むほど混乱した。あるサイトには「白米は厳禁」と書いてあり、別のサイトには「適量なら大丈夫」と書いてある。いったい何を信じればいいのか、さっぱりわからなかった。
結局のぼるが出した結論は、シンプルだった。——とにかく、ご飯は食べてはいけないんだろう。
翌朝から、のぼるは白いご飯をやめた。コンビニで買う弁当も、おにぎりも、うどんも、パンも、できるだけ避けるようにした。代わりに何を食べればいいかはよくわからなかったので、サラダと豆腐と卵だけで食事を済ませる日が続いた。
一週間が経った。体重は少し減った気がした。それは良かった。でも、食事が楽しくなかった。
近所のスーパーで惣菜を選ぶとき、いつもコロッケが目に入った。揚げたてで、ソースの匂いがした。以前なら何も考えずに手に取っていたものが、今は「これは食べていいのか」という問いとセットになってしまった。コンビニで缶コーヒーを買うときも、定食屋でメニューを開くときも、孫が遊びに来てお菓子を出すときも——何かを口に入れるたびに、小さな後ろめたさが生まれるようになっていた。
のぼるは六十三歳だった。好きなものを食べることが、残り少ない人生の楽しみのひとつだと思っていた。それが丸ごと奪われたような気がして、何だか急に、老いを感じた。
二回目の受診日がやってきた。検査の結果を見た安西先生は、「少し改善していますね」と言ってくれた。それは素直に嬉しかった。でも、次の一言が引っかかった。
のぼるは黙ってうなずいた。「バランス」とは何か、聞けなかった。聞いたところで、また難しい話が出てくるだけだと思ったし、先生を困らせたくなかった。
「炭水化物を減らしてください」と言ったつもりが、「食べてはいけない」と受け取られてしまうことが多い。もっとはっきり伝えるべきだったか、と思いながら、次の患者さんを呼んだ。
孫の誕生日は、十一月の終わりだった。息子夫婦が車で連れてきた五歳の颯太が、玄関で「じいじ!」と叫んで飛びついてきた。のぼるは思わず笑った。久しぶりに、声を出して笑った気がした。
夕食は息子の妻が作ってきてくれたおかずが並び、テーブルが久しぶりに賑やかになった。颯太がケーキのろうそくを吹き消し、みんなで拍手した。切り分けられたショートケーキが、のぼるの前にも置かれた。
一瞬、迷った。——食べていいのだろうか。
颯太が「じいじも食べて」と言って、スプーンを渡してきた。のぼるは、食べた。甘くて、柔らかくて、おいしかった。その夜、はじめて、糖尿病になる前と同じ気持ちで食事ができた気がした。
翌週の受診日、採血の結果を見た安西先生の表情が、少し曇った。
のぼるは、ケーキのことを言おうとして、やめた。言えなかった。颯太と一緒に食べたあの時間を、「失敗」として報告することに、どうしても抵抗があった。
先生はカルテに何かを書き、「では、引き続き食事に気をつけて」と言った。それだけだった。怒ってはいなかった。でも、のぼるの胸の中には、じわじわと重いものが溜まっていった。
次の予約日の朝、のぼるは布団の中で天井を見つめていた。起き上がれない、というわけではなかった。ただ、行く気が起きなかった。
もちろん、合併症のことは頭にあった。目が悪くなるとか、腎臓が悪くなるとか、そういう話も、どこかで聞いた。でも、それはずっと先の話のような気がした。今この瞬間の、この重さのほうが、ずっとリアルだった。
のぼるは結局、その日の予約をキャンセルしなかった。ただ、行かなかった。電話もしなかった。そのまま、一週間が過ぎた。
来てくれさえすれば、一緒に考えられる。薬を変えることもできるし、食事の相談もできる。受診を続けることが、治療の一部なのだ。来られない理由が何かあるなら、それも含めて話してほしい。
中村さん(担当看護師)に、様子を確認してもらうよう頼んだ。
電話がかかってきたのは、受診をやめてから十日ほど経った午後のことだった。
「小国さん、外来担当の看護師の中村です。先日の予約にいらっしゃらなかったので、ご連絡しました。お体の具合は大丈夫ですか」
怒っている様子はなかった。ただ、心配しているように聞こえた。のぼるは少し驚いた。まさか連絡が来るとは思っていなかったのだ。
重い足取りで再び外来を訪れたのは、それから三日後だった。診察室に入ると、安西先生は特に表情を変えることなく、「久しぶりですね」と言った。責める口調ではなかった。そこにまず、ほっとした。
先生はカルテを開いたが、すぐには話し始めなかった。少し間を置いてから、いつもと違うことを聞いた。
のぼるは、その質問を予想していなかった。数値のことを言われると思っていた。食事のことを聞かれると思っていた。でも、先生が聞いたのは「つらいこと」だった。
拍子抜けするような気持ちだった。ずっと「食べてはいけないもの」だと思っていたものが、「量を調整すればいいもの」に変わった瞬間だった。
その日の外来は、いつもより少し長かった。先生は、これまで話さなかったことをいくつか話してくれた。炭水化物は毎食ある程度そろえたほうが血糖値の波が安定すること。食事だけでなく、体を動かすことでも血糖値が下がること。筋肉がブドウ糖を取り込む働きをするので、散歩のような軽い運動でも効果があること。薬を飲んでいる場合は、食事の量と薬の効き目が釣り合うように、規則正しく飲むことが大切なこと。
先生が、少し笑いながら言った。のぼるも、笑った。
食事療法は「禁止リスト」ではない。何かを我慢させることが目的ではなく、血糖値の波をなだらかにしながら、その人の生活を続けられるようにすることが目的だ。その考え方を、もっと早く、言葉にして伝えるべきだった。
あれから三ヶ月が経った。
のぼるの食事は、劇的には変わっていなかった。相変わらずコンビニを使うし、定食屋にも行く。ただ、ひとつだけ変えたことがあった。茶碗のご飯を、少し軽めによそうようにした。それだけだった。
完璧ではない。それでも、以前のように「何かを食べるたびに後ろめたい」という気持ちは、だいぶ薄れていた。
外食のときは、ご飯を半分残すこともある。颯太が遊びに来た日は、一緒におやつを食べる。そのかわり、その日の夕食は控えめにする。薬は、食後に飲み忘れないよう、テーブルの上に出しておくようにした。散歩は、毎日とはいかないが、晴れた日に近所を二十分ほど歩くようになった。
三ヶ月後の受診日、採血の結果が出た。安西先生がカルテを開いて言った。
その言葉を聞いた瞬間、のぼるは不思議な気持ちになった。嬉しかった。でも、それだけではなかった。何か、もっと別のものがこみ上げてきた。
涙が出そうになったが、さすがに診察室で泣くのは恥ずかしかったので、黙ってうなずいた。
先生はそう言って、次の予約票を渡した。いつもと同じ、短い診察だった。でも今日は、何かが違った。ゴールはまだ先にある。それでも、確かに前に進んでいた。
病院の帰り道、のぼるは来た道をそのまま歩いて帰ることにした。バスを使えば十分のところを、三十分かけて歩いた。特に理由はなかった。ただ、歩きたい気分だった。
街路樹が、うっすらと芽吹き始めていた。春になっていた。糖尿病と診断されたあの春から、ちょうど一年が経っていた。
のぼるは、来年の颯太の誕生日のことを考えた。今年も一緒にケーキを食べよう、と思った。その日の夕飯のご飯は、少し軽めにすればいい。それだけのことだ、と今はわかっていた。
でも、目標は7.0%未満だ。まだゴールではない。次の三ヶ月、さらにもう少し。焦らず、着実に。そのために、また来てほしい。
糖尿病の治療は、医者だけではできない。患者さんが毎日の生活の中で、少しずつ選択を重ねていく。その積み重ねが、数字に出る。私にできるのは、その選択を一緒に考えることと、正直に話してもらえる場所でいることだけだ。
来年も、再来年も、颯太くんと一緒にケーキを食べてほしい。7.0%を切った日に、また一緒に喜ぼう。
以前より少ない。でも、ある。
白いご飯は、まだそこにある。
そして、次の春も、また来ようと思っている。
「うまくできない日があった」「正直に言えなかった」——そう感じたとき、どうか受診をやめないでください。医療者は、責めるために待っているのではありません。一緒に、次の一歩を考えるために、待っています。
「白いご飯と、先生と、私の血糖値」の続編です。診断から2年後、一度下がった血糖値が再び上昇し始めたころから始まります。合併症の予兆、民間療法への迷い、そして医療者との対話——のぼるの2年目の物語。
あれから、二年が経った。
糖尿病と診断されたのは、六十三歳の春だった。健康診断の結果を片手に呆然としながら受診した、あの外来の待合室のことを、のぼるはまだ覚えている。白いご飯が食べられなくなるのかと思って、妙に落ち込んだことも。安西先生に「食べてはいけないのではなく、量を調整するのです」と言われて、拍子抜けしたことも。
最初のころは、真剣に取り組んだ。そうして半年が経ち、一年が経ち、数字は少しずつ下がっていった。
治療を始めてちょうど一年が経ったころ、検査の結果を受け取った安西先生が、いつもより少しだけ表情を和らげて言った。
6.5%。のぼるはその数字を、家に帰ってからも何度か頭の中で繰り返した。診断されたときの8.2%から、ここまで下がった。一年間の努力が、数字になって返ってきた気がした。
その夜、のぼるは颯太に電話した。孫は「すごいじゃん、おじいちゃん」と言って笑った。それが、じんわりと嬉しかった。
変化は、ゆっくりと始まった。6.5%という数字を見たあの日から、のぼるの中に小さな安堵が生まれた。それ自体は自然なことだった。でも、安堵はやがて「少しくらいなら」という気持ちに変わっていった。
定食屋でご飯を半分残すルールは、最初のうちは守っていた。でも、腹が減っている日は「今日だけは」と、茶碗をきれいに空にした。それが週に一度になり、気づけば毎回のことになっていった。散歩も、だんだん遠のいた。薬は、飲んでいた。それだけは続けていた。だから、多少食べても、薬が帳尻を合わせてくれるだろうと、いつのまにか思うようになっていた。
三ヶ月ごとの受診は続けていた。7.0%、7.2%、7.5%——数字は少しずつ上がっていったが、のぼるはそれほど気にしなかった。7%台ならまだいい、と思っていた。安西先生は診察のたびに「少し上がっていますね、生活はどうですか」と聞いた。のぼるはそのたびに「まあ、普通です」と答えた。
そして、秋の受診日。安西先生がカルテを開いて、いつもより少し間を置いてから言った。
二年間が、すっかり元に戻ってしまったような気がした。先生は穏やかに「食事や生活で、最近何か変わったことはありましたか」と聞いた。のぼるは「……特には、ないです」と答えた。本当は、たくさんあった。でも、正直に話す気にはなれなかった。
病院を出たのぼるは、秋晴れの空の下をバスで帰った。二年前、7.2%を告げられてあんなに嬉しくて歩いて帰ったあの道を、今日はバスの窓から眺めていた。
薬を増やすべきか。いや、その前に、なぜ上がったのかを知りたい。 食事が乱れたのか、運動量が減ったのか、それとも別に何かあるのか。 「特に変わりはない」という答えが返ってくるたびに、少し困ってしまう。 変化があったはずなのだ。数字は確かに変わっているのだから。 でも、問い詰めるように聞くのも違う気がして、今日も薬を少し調整するだけで終わってしまった。
8.0%という数字を受け取って帰ったあの日から、のぼるは少し気持ちが変わった。またやり直さなければならない、と思った。散歩を再開しよう、ご飯の量を戻そう、と決めた。
ただ、「決めた」というのは、心の中でそう思っただけだった。翌日から実行したかといえば、正直に言えば、そうではなかった。
三ヶ月後の受診日、採血に加えて尿検査もあった。検査結果の紙を受け取ると、「尿蛋白」という文字の横に、小さな「+」の印がついていた。これまでは「-」だったはずのところに。
診察室で、安西先生は結果の紙を手に取り、少し間を置いてから話し始めた。いつもより、丁寧な口調だった。
「合併症」という言葉が出た。のぼるはその言葉を、過去にも聞いたことがあった。でも、どこか遠い話として聞いていた。自分にはまだ関係ない、と思っていた。
先生は続けて、精密検査をすすめた。のぼるは少し考えてから答えた。「……少し、忙しくて。また今度でいいですか」本当は、忙しいわけではなかった。ただ、検査をして、また何か悪いことを言われるのが、怖かった。先生は「わかりました、次回でも構いません。ただ、なるべく早めにお願いします」と言った。
近所に、田中という男がいる。のぼると同い年で、定年後に奥さんと二人で暮らしている。もともとは職場の同僚で、退職後も月に一度ほど、近くの喫茶店でコーヒーを飲む仲だった。
その日の喫茶店で、のぼるは珍しく自分から切り出した。腎臓に影響が出ているかもしれない、と言われたこと。合併症という言葉を聞いて、怖くなっていること。検査を先延ばしにしていること。
田中は、のぼるの話を黙って聞いていた。コーヒーカップを両手で包みながら、少し考えてから言った。
のぼるは最初、軽く聞き流した。でも、家に帰ってからも、その話が頭に残った。
数日後、スマホで検索した。「医薬品との飲み合わせに注意が必要な成分が含まれる場合がある」という一文が目に入った。のぼるはそれを読んで、少し立ち止まった。
そのページをそっと閉じた。そして、別のサイトで注文ボタンを押した。翌朝から、薬草茶を飲み始めた。もちろん、安西先生には言わなかった。先生が処方した薬以外のものを飲んでいると知ったら、怒るかもしれない。だから、これは自分だけのことにしておこうと決めた。
不安を誰かと分かち合いたい気持ち、自分でも何かしたいという気持ち、薬を増やされることへの抵抗感——それらが重なって、何とかしたいという「解決策を求めている」人が民間療法に興味を持つことがありますが、たいていの場合は効果の乏しいサプリメントを驚くほどの高い金額で購入してしまうことになります。民間療法よりも効果がある処方薬がすでにあるのですから、身近な人の言葉であっても、よく考えてみましょう。次の受診のときに、「この民間療法の効果や安全性は確認されていますか?」、「この民間療法は、現在受けている治療に影響しないでしょうか?」と、ぜひ診察室で相談してください。
薬草茶を飲み始めてから、三週間が経っていた。数値に目に見える変化はなかった。でも、何かをしている、という気持ちだけは続いていた。先生には言えていない。検査もまだ受けていない。それでも、自分なりにやれている、という感覚が、のぼるを支えていた。
採血の前に、中村看護師が処置室に呼んでくれた。いつも採血のときに声をかけてくれる、外来担当の看護師だった。いつも忙しそうにしているのに、患者に対して急かすような素振りを見せない。
採血の準備をしながら、中村さんが静かに言った。
のぼるは、その瞬間、胸の中で何かが揺れた。「悪いことをしているわけじゃないんですよ」という一言が、妙に温かく聞こえた。まるで、こちらが身構えていることを、最初から分かっていたかのように。
のぼるは少し迷ってから、静かに口を開いた。
言ってしまってから、少し恥ずかしくなった。でも、中村さんは表情を変えなかった。ただ、小さくうなずいて言った。
胸の中がすっと軽くなった。三週間、ひとりで抱えていたものが、少し小さくなった気がした。
診察室で、安西先生は薬草茶の話を中村さんから伝え聞いたのか、静かに言った。
のぼるは黙ってうなずいた。
のぼるはその日、帰り際に受付で精密検査の予約を入れた。中村さんが「お待ちしています」と笑顔で言った。その言葉に、妙に背中を押された気がした。
一番問題なのは「先生に言えない」と思って一人で抱えてしまうことだ。言えた、それだけで十分だ。あとは一緒に確認すればいい。
精密検査を受けたのは、予約を入れてから一週間後だった。採血よりも少し時間のかかる検査で、結果が出るまでさらに数日待った。
その数日間、のぼるは妙に落ち着かなかった。検査を受けたことで、かえって不安が具体的になった気がした。スマホを開いては「糖尿病腎症 進行」と検索し、途中で閉じた。
結果を聞きに行く日、のぼるはいつもより早く家を出た。
診察室に入ると、安西先生は検査結果の紙をテーブルに広げて、いつもより少し時間をかけて説明してくれた。
「日常生活に支障が出るレベルではない」——その一言で、胸の中に溜まっていた何かが、すっと下に落ちていく感じがした。
廊下を歩きながら、のぼるは複雑な気持ちでいた。安心した。それは本当だった。でも、その安心の裏側に、もう一つの気持ちがあった。
廊下の端のベンチに少し腰を下ろした。次の予約票を手の中で折り曲げながら、しばらくそこにいた。
中村さんが通りかかった。廊下でのぼるを見つけて、足を止めた。
のぼるは、その言葉を聞いて、ふと口から出てしまった。
中村さんは、のぼるの話を最後まで聞いてから、静かに言った。
その言葉が、妙に胸に響いた。これまでのぼるは、診療所というのは「診てもらう場所」だと思っていた。でも、そうじゃなかったのかもしれない。もっと早く、「うまくいっていません」と言えばよかった。一人で抱えて、一人で判断しようとしたから、どんどん遠くに行ってしまった。
帰り道、のぼるはバスを一本見送って、少し歩いた。特に理由はなかった。ただ、少し体を動かしたい気分だった。
秋の午後の光が、道に長く伸びていた。のぼるは、予約票をコートのポケットにしまって、歩き続けた。ゴールはまだ先にある。でも、一人ではなかった。そのことが、今日初めて、ちゃんと分かった気がした。
冷蔵庫の前に立って少し考えてから、お湯を沸かして、普通のお茶を入れた。
残っている薬草茶は、次の受診のときに先生に成分を確認してもらってから、どうするか決めようと思った。
飲んでいる薬は、安西先生が処方したものだ。それだけは変えない。それだけは、ちゃんと続ける。
今夜の自分に、約束できることは、そのくらいだった。でも、そのくらいなら、できる気がした。
— 了 —
小国さんに必要なのは、薬を増やすことより先に、生活の中で何がうまくいっていないかを一緒に整理することだと思っている。完璧な食事管理を求めているわけではない。続けられる形を、一緒に見つけていきたい。
次の受診では、もう少し生活のことをゆっくり聞いてみよう。